STORY
「超一流の弟に、一段低い二流の兄貴か……」
伊藤 雷は思わずそう呟いた。彼は日雇いのバイトで「『源氏物語』と疾患展」の設営に参加、イベント会場に流れる『源氏物語』の登場人物紹介で「デキた弟・二宮」と「後塵を拝した長男・一宮」の関係を知り、シンパシーを抱いたのだった。なぜならば、同じく弟は頭脳明晰かつ眉目秀麗で、かたや自分は現在、就職試験59連敗中のフリーターの身。かねてからのコンプレックスを一層こじらせている日々なのである。
バイト後、恋人と顔を合わせたのだが何とフラれてしまい、おまけに帰宅途中、近所の知り合いから弟が京大医学部へ合格したことを教えられて、卑屈さはMAXに! 祝賀会が開かれる実家に帰るのはバツが悪く、バイトの土産でも
らった手提げ袋を持ったまま、家の周囲をアテもなくうろつく始末。
その心の内と同期するように、空には雷鳴がとどろき、激しい雨に見舞われると、雷はバイト先でも目撃した不思議な光に吸い込まれて、気を失った……やがて目覚めて驚いた。どういうわけかそこは1000年以上も前の平安時代、女流作家・紫式部によって書かれたあの『源氏物語』の世界であったのだ!!
タイムスリップしてしまった雷は当然、不審者と見なされ、烏帽子をつけ袴を履いた家臣たちに牢へと閉じ込められた。思いも寄らぬことばかりでパニくったが、手提げ袋に入っていた『源氏物語』のあらすじ本のおかげで大まかな世界観を把握、口から出まかせで陰陽師・伊藤雷鳴を名乗り、さらにはこれもバイトの土産だった頭痛薬が皇妃に効いて、後宮でまんまと陰陽師として重用されることになる。
皇妃の名は、弘徽殿女御。彼女は現代のキャリアウーマン顔負けの逞しいハートと冷静な分析力で、「一宮」である息子を帝にしようと野心に燃えていた。皇位を争うのは一流の男、「二宮」こと異母弟の光源氏だ。雷は自分の境遇を「一宮」と重ねつつ、辣腕で悪魔的に強き女性、“弘徽殿”に翻弄されながらも次第に触発され、運命を共にしようと決心する─。